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バレンタイン話
上官大集合ー 山形と長野が相変わらずいなくてすみません


※クリアランスセールのぱるこさんと逆チョココラボ




 「あー今日さむーい」
 「おい、上越、お前…!」

 制服に着替えて出社した上越に東海道は詰め寄った。きょとんとして上越は、胸倉を掴まれたまま抵抗せずに東海道を見る。

 「おはよ、東海道。なに?」
 「これはいったいどういうつもりだ?」

 背後のデスクを指差して上越を睨み付ける。東海道の肩越しに上越はひょいと自分のデスクを覗いた。

 「あ」

 机の上に積まれた小さな箱の山、誰かが積み木遊びをしていたのではないかと目を疑いたくなる。それくらい完璧にタワーが出来上がっている。上越は苦笑いで自分の机の上を見た。今まで何人が届けに来たのかは分からないが、東海道がそのうち何人かの相手をしただろうことは想像に難くない。

 「あー…片づけた方がいい?」
 「当たり前だ!」
 「じゃあ、手ぇ離して…」
 「失礼します、上越さまにお荷物をお届けしました!」

 ノックの後に入ってきたのは郵便局員。上越はさっと東海道の手を振り払うと、ドアを開けた郵便局員のところへ行って印鑑を押した。局員が段ボールを上越のデスクまで運ぶと、上越は笑顔で礼を言った。

 「ありがとう」
 「失礼します!」

 顔を真っ赤にした郵便局員を見送って上越は手を振る、東海道は増えた荷物と局員の反応に、その背後で憤っていた。

 バタン。

 「上越っ!!」
 「はいはい、分かってますー片付ければいいんでしょ」

 上越はデスクの上を仕事のできる状態にしようと、机の中から段ボールを出して郵便局員が運んできた段ボールの上に重ねると、チョコレートをしまいだした。

 「そういうことを言ってるんじゃない、これはいったいどういうことだ?」
 「……チョコでしょ」

 上越は、いったん手を止めて、なんともいえない小馬鹿にした眼差しを東海道に向けた。今日が何日だと思っているんだ、と呆れかえっている。
 ただいまー、と戻ってきた秋田と東北が、二人を遠巻きにしてソファに座った。

 「今日14日だよ、大丈夫? 君の家、カレンダーある? 今度手帳買ってあげようか」
 「それくらい俺だって分かってる! なんでお前にこんなに大量のチョコが送られてきているんだ、去年の倍だろう」

 東海道は何も載っていない自分のデスクをばんばん叩いて主張した。それを見て上越が腕を組む。確かに言われてみれば、午前10時のこの時点で去年の倍は贈られてきている。この1年で急激に女性人気を獲得するような何かがあったわけでもない。
分からないことを考えるのはやめにして、上越は溜息を吐いて凶悪な笑みを浮かべる。秋田はその微笑みにぞっとしながら見ない振りを続けていた。

 「なんだ、やきもち?」

 その見下したものの言い方に東海道は声にならない怒りを覚えたらしく、肩を震わせる。

 「上越お前っ…!」
 「え、否定しないの」

 からかっていただけの上越が目を丸くすると、東海道は顔を真っ赤にした。

 「上越」
 「なに?」

 上越に声を掛けたのは東北で、秋田はぎょっとして東北を見る。どうして安全なところにいたのに竜巻に突入していくのか、秋田には理解できない。地味なくせに東北は案外トラブルメーカーだと秋田は睨んでいる。
 東北は上越を手招きした。上越が東北に近寄って行く。放って置かれた東海道は気の毒に、何も言い返せないまま呆然と上越を見つめている。

 「なに」
 「口開けて」
 「ん」

 そう言ったくせに上越が口を開ける前に、東北は持っていた小箱を開けて口にオレンジのチョコがけを1枚くわえさせてやって、親指についたチョコを舐める。普段淡白な人間がするいやらしい仕草に秋田は、二人で部屋に戻ってきたことを激しく後悔した。なんで自分まで赤面しなければならないのだ、巻き込まれていい迷惑だと思ってしまう。東北の仕草はそれくらい色気があった。東海道はひたすら絶句している。

 「おいしい! どうしたの、これ」
 「さっきもらったんだ。お前、逆チョコ欲しいって在来の誰かに言わなかったか」
 「ああ、言ったかも」

 上越は美味しそうにチョコを食べている。



 「あーチョコ食べたい。買おうかな」

 NEWDAYSで上越が仕事の合間に甘いものを物色していると、東海道ジュニアが通りがかりに上越を見つけた。周りに誰もいないことを確認した後、店に入ってくる。

 「どうしたんですか、上越さん」
 「あっジュニア。や、ね、チョコ買おうかと思ってね」
 「どれが欲しいんですか?」

 チョコと同じ目線まで屈んで真剣に悩んでいた上越が可愛いのか、ジュニアは幸せそうな笑顔を浮かべて上越を見つめている。チョコレート一枚で真剣に悩むこの人は子どもみたいだとジュニアは思う。

 「明治の復刻版…やっぱり赤が可愛いよね?」

 黒色、茶色のパッケージを素通りして赤とにらめっこをしている上越に、ジュニアは胸が高鳴るのを堪えた。

 「あ、赤は誰かさんの色だね」

 良いことを思いついたように上越はジュニアを見上げて、これ以上ないくらい可愛らしい笑顔を浮かべた。
(かわいいかわいいかわいいかわいいかわいい)
何度念じても可愛さは減らない。ジュニアは心臓を打ち抜かれたくらいの衝撃を受けて胸を押さえながら、上越の手から明治の板チョコレートを奪った。

 「プレゼントします」
 「え、なんで。いいよ!」

 立場を弁えて遠慮する上越に(もしこの場に東海道がいれば、珍しい!と声を上げただろう)、ジュニアは、いいから、と制してレジに持って行く。

 「どうぞ」

 店を出てからチョコを渡すと、上越は嬉しそうに受け取った。

 「ありがと! ジュニアはいいこだ」
 「いえ、今、逆チョコも流行ってますし……」
 「ああ、逆チョコねー。女の子がもらいたがってるってアンケート出してたね。うちももっと乗客にアンケートを徹底する必要があると思うんだよね…」

 と、仕事の話をしてしまった上越は、ジュニアが黙り込んだのに気付いてすぐ話をやめる。

 「ごめんごめん。ありがと、これ逆チョコ?」
 「……えっ」
 「あれ、違うの」

 上越は何も考えていなさそうに、違うのかーあはは、今日13日だしねえと言って笑い飛ばしてしまう。ジュニアは何をどう言えばいいのか分からなくなってきて上越の前で言葉を探した。

 「あの」
 「ん?」
 「上越さんは、その…」
 「なーに?」
 「逆チョコもらったら、受け取る、ん、です…か…」

 決死の覚悟を決めたジュニアの質問に、上越は、腕を組んで考える。

 「そだね、5000円以上のチョコだったらもらってもいいかも」

 サディスティックな言い方に、ジュニアは不覚にもどきりとしていた。いらないよ、そんなの悪いもんと優しい笑顔で言われるより価値がある。上越のような人間は、彼と接することができる人間にとてつもない優越感をもたらすのだ。そのブランドイメージとも言うべき彼の品質を保持するには、贈るチョコレートは5000円以上でなければいけない、それは寧ろ指摘される以前からの常識に思えてジュニアは納得していた。そんな彼らのやり取りを通りすがりに見た他の同僚たちも。


 上越は何気なく言っただけだったのだが、その言葉はJR駅構内を掛け巡り、さらに路線を伝って今や日本最北端まで到達した―――その結果が、上越の机上の現況である。

 「欲しいとは言ってないけど、5000円以上ならって」
 「え、じゃあれ全部5000円以上なの!?」

 秋田が甘いものへの食いつきを見せて、今までの我関せずの姿勢を覆して上越を追及する。

 「えー? うん、確かに、PIERRE MARCOLINIとかJean-Paul HEVINとかDEL REYとか結構高いの多いなって思ってた…」

 適当に箱にしまっているだけかと思いきや目ざとい、きちんとブランドはチェックしていたらしい。秋田はその上越の目ざとさに感心していて、すっかり置いてけぼりになっている東海道のことを思い出す余裕もない。

 「なに一人サロン・デュ・ショコラやってんのよ!羨ましい!」
 「あはは、秋田も食べる?」
 「いいの!?」

 確かに高級パティシエのチョコレートがデスク上に所狭しと積まれているのだから、サロン・デュ・ショコラ状態だ。1月末に伊勢丹で行われた今年で7回目になるチョコレートの祭典。本家パリでは10月に、120人ものショコラティエが参加し、ファッションショーのような華やかな催しを開いた。フランスのショコラを中心に、ベルギーやスイス、アメリカやイギリス、ドイツのブランドもあったのだが、残念ながら日本ではドイツの店は出展していない。
 と、ドアがノックされる。

 「おーす何してんの?」

 チョコレートと思われる段ボールを肩に担いで仕事から戻ってきた山陽に、一同は視線を集中させる。デスクの脇に段ボール箱を下ろして、集合用のテーブルにやってきた山陽に、秋田は話しかける。

 「山陽も逆チョコ?」
 「は? 京都停まったときにチョコもらっただけよ」

 ―――そうだった……!!

 と冷静に気付いたのは秋田だけだ、日本のバレンタインデーは本来、女性から男性にチョコレートを渡すものだ。推定200個以上の逆チョコが贈られてきた上越のせいで、すっかり逆チョコが主流だと思わされていた。

 「おー大量だな。誰の?」
 「…僕のだよ」
 「あーじょうえっちゃんの! モテモテだね」

 上越の顔に怒りが滲んでいたのは言うまでもない。男性ばかりの社内で女性からチョコレートをもらうこと自体が珍しいという変えようのない事実が事態をややこしくしている。日頃から京女と交流のある山陽は特別だった。

 「どうすんの、それ全部お返しすんの?」
 「山陽、僕に破産させる気?」
 「冗談だってー。あ、東海道。なに固まってんだ、そんなとこで」

 すっかり存在感をなくしていた東海道に山陽が声を掛ける。東海道は黙ってテーブルに着く。今まで黙っていた東海道のことをやっと秋田は思い出した。そういえばさっきから一言も口をきいていない、どうしたんだろうと不思議に思う。最初はあんなに上越のチョコレートを迷惑がっていたのに。
東海道はテーブルの上のティーカップを見つめたまま、上越と目を合わさずに言った。

 「あのな、お前」
 「うん?」
 「一人で食べろよ、ちゃんと。誰かにあげたりしちゃ、だめだぞ」

 上越は一瞬黙りこんで、東海道をじっと見つめる。それから目を逸らした、それは、分かりあうことを諦めたように見えた。秋田は改めて自分がこの場に居合わせるべきではなかったことに気付いて、誰かとこの思いを共有したくて東北を見る。当然、東北は自分がもらったらしいオレンジピールを食べていて何も気にしていない。山陽は複雑そうに二人を見ていた。秋田と目が合うと、山陽は申し訳なさそうにした。
 

 上越は何も言わなかった。うつむいたまま、東海道の言葉に、承諾も拒絶もしなかった。

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